さて、このように温泉について多くの情報が集約された分析書ですが、では分析書の内容が湯船の温泉と同一であるかといえば、「かなり異なる場合が多い」といえます。
加水・加温・循環・消毒などは誰もが思いつく要素です。特に加水については源泉に対してどの程度の割合で混合しているかが記載されていないため、場合によってはひどく異なることもあります。しかしこれだけではありません。
例えば二酸化炭素や放射能。これらの要素は人体に強い影響を及ぼしますが、入浴に適した程度の高い泉温だとほとんどの成分が空気中に抜けて失われてしまいます。
酸化というのも大きな影響です。例えば遊離硫化水素型の硫黄泉は多くの場合白濁泉として有名です。しかし実はこのタイプの温泉は湧出時は無色透明であることがほとんどです(分析書に知覚的試験の記載がある場合はよく見てみてください)。温泉中の硫黄の成分が酸化することで白い沈殿物が形成され、白濁するのです。これはすなわち温泉中にイオンとして存在していた硫黄が固体となって分離・析出してしまっている、つまり温泉の含有成分としては薄くなってしまっていることを意味します。含鉄泉が茶色く濁っているのも同様です。
この現象は二律背反的であるともいえます。一般的に入浴に適した温度に近づくほど、温泉自体の持つ溶存物質による効果は低くなってしまうことが多いといえるからです。また酸化による温泉成分の劣化は、析出物の形成、色の変化など、見た目にはかえって効果がありそうな様子になってしまうというのも悩ましいところです。
とにかく分析書とは新鮮な状態の温泉の姿であり、必ずしも湯船の中の湯と同じものとは限らないということは覚えておいて損はないです。はじめは何だか悲しい気持ちになりますが、たくさんの温泉に入っているうちに、温泉がどのような過程を経て現状の湯船にあるのかということを推定できるようになって、一段上の楽しみ方ができるようになります。
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