泉質名はどのように決まるのか3(例外的な場合)

前項までのルールでほとんどの温泉の泉質名を網羅できますが、たまに例外的な成分の温泉も登場します。そのような場合の命名法について紹介します。鉱泉分析法指針についてある程度理解がある上級者向けです。また本項の内容については、解釈をめぐって一部異説もあります。


【鉱泉の基準を満たすが、療養泉の基準を1つも満たさないとき】

この場合、泉質名がつかないため、「~の含有量に基づき、温泉法第二条に定める温泉に該当すると認める」といった文言が書かれます。項目欄は「泉質名」ではなく「分析結果」などになります。


【ナトリウムイオン5500 mg以上、塩化物イオン8500 mg以上を含むとき】

この場合、特別に強塩泉という名前が付きます。ただし量の基準を満たしていても、ナトリウムイオンまたは塩化物イオンのどちらか一方でも主成分でない場合は強塩泉になりません。この温泉は海水に近いほどの塩味がします(古代の海水が起源である場合が多い)。


【溶存物質が1000 mg以上だが、陽イオンで20 mval%以上のものがないとき】

定義上「主成分」は「陽イオン中でmval%が最も高い成分」ですが、泉質名として記載される基準は「20 mval%以上のもの」なので*、この場合陽イオンの主成分は存在するが、塩類泉の書式における陽イオンの欄には記載されないということになります。実際の記載法としては書式が不明なので、「ナトリウムを主成分とする塩化物泉」のような書き方しかできなくなります。


【溶存物質が1000 mg以上だが、塩化物イオン、硫酸イオン、炭酸水素イオンのうち20 mval%以上のものがないとき】

酸性泉の場合、特別に硫酸イオンと硫酸水素イオンのmval%を合算した値が20 mval%以上になれば硫酸塩泉となります。それでも足りない場合、上記陽イオンの場合と同様の事態になると思われます*。


【塩類泉で、水素イオンが20 mval%以上のとき】

水素イオンは基本的に塩類泉の陽イオンの項目に記載しません。塩類泉で20 mval%以上もの多量の水素イオンが含まれる温泉は、確実に酸性泉になり、泉質名冒頭に「酸性」と入るので、陽イオンの項目にまで書くと二重の表記になるためです。しかしそのような場合でも、ほかに記載できる陽イオンがないときは、特殊成分の項目に「酸性」と記載した上で、例外的に陽イオンの項目にも「水素」を記載します。たとえば、

酸性・含硫黄―水素―硫酸塩泉

こんな感じになります。


【塩類泉で鉄イオンが20 mg以上あり、かつ陽イオン中で20 mval%以上のとき】

つまり含鉄泉であり、かつ陽イオンの項目にも鉄イオンを書ける場合です。先の水素同様、二重に表記することを避けるため、どちらかには記載しないことになります。普通に考えると特殊成分であることを明示するべきな気もしますが、この場合特殊成分の項目には「含鉄」を記載せず、陽イオンの項目にのみ鉄イオンを記載することになっています。つまり泉質名には「含鉄」の記載がないが含鉄泉である、ということになります。陽イオン成分に鉄イオンが記載されているときは要注意です。


*鉱泉分析法指針は、全体の見直しが的確に行われずに部分的に改訂されているため、解釈が複数できる(というか明示されていない)場合があります。たとえば鉱泉分析法指針1-3(6)における、「mval%が20.00以上の成分を、多い順に列記して塩類泉を細分類する」の文言は、副成分についてのみの言及なのか、主成分についての言及を含むのかが明確でありません。また、1-3(1)の塩類泉の分類では、塩類性の主成分となりうる陽イオンについて、わずか3-5種類に制限されており、これ以外の陽イオンは主成分たり得ないかのような記載があるにもかかわらず、別の箇所にある注釈では水素イオンを主成分とすることを容認しています。
この指針全体からみた管理人の見解では、この塩類泉の主成分となりうる陽イオンの制限は、旧分類における泉質名決定に必要だった記述の名残にすぎず、おそらく重視する必要はなく、現在は20 mval%以上であるかどうかが、泉質名に記載するか否かのすべての基準である、という方向に改訂しようとしているという意図を感じています。そのためこのページでは「20 mval%以上の条件を満たさない成分は泉質名に記載しない」という方向で見解を統一しています。

鉱泉分析法指針の泉質名についての規定は、特に単語の定義や泉質名の記述の方法について、なぜかあらかじめ枠組みを仮定してしまっているため、そこからはみ出す組成の温泉が出現した場合に文字通り無法状態になる構造になっています。政治的な理由で抜本的改訂が難しいのかもしれませんが、問題が生じたときにその場しのぎの注釈をつけて改訂版とするのではなく、今後どのような組成の温泉がでてきても問題なく泉質名を記述できるような、論理性のある指針となることを切に願います。

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